蘇れ!伝説のギタリスト
KAORU NAKAO
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 中尾カオル物語 ■洗面器いっぱい
の吐血
   「ギターを弾くことが苦しくて苦しくて、本当に
    つらかったですね・・・」

     ストレスと酒と孤独な生活は、二十歳そ
     こそこの彼には余りにも厳しく残酷であっ
     た。身も心もすでに限界。ボロボロの状
     態だったが曲をマスターしなければなら
     ない。自分はプロなんだから・・・と自分
     にいくら言い聞かせても心と身体はボロ
     ボロになっていくだけであった。
     その身体の変調は、突然おそったので
     ある。胃の痛みをこらえながらの練習、
     また練習であったが、数日前から今まで
     の痛みと違う痛みに変わっていることに
     気づいていた。急に胃の奥から何か生
     暖かいモノがこみ上げてきたのである。


   「何かおかしいぞ!いったいどうしたんだ?
    この生暖かいモノは何?・・・」

     「うっぷっ!」と口から空気をもらした瞬
     間にその暖かいモノは口の中に逆流し
     どんどん口の中で膨張していく。たまらず
     吐き出そうとした瞬間に真っ赤な鮮血が
     口から勢いよく放出された。その時、初
     めて自分が血を吐いていることに気づき
     こん身の力で口をふさぎながら洗面器を
     まさぐり、思いっきり洗面器に向かって
     血を吐きだした。それでも吐血は収まら
     ず「俺もこれで終わりかなあ・・」と中尾さ
     んは、大量の吐血で貧血による意識が
     もうろうとした中で救急車を呼んだ。病
     院に運ばれて、それから約2ヶ月間の入
     院生活が余儀なくされた。当然、この入
     院で彼のプロミュージシャンとしてのスタ
     ートは終止符が打たれたのであった。誰
     も見舞いに来ない孤独な病室で彼は天
     井を見上げながらふるさと北九州へ帰る
     ことを決意した。
    







    



    

 
 ■傷心の帰郷
   「何をしていいのかさえ分からなく
    なっていました。」

     ふるさとの北九州へ帰ったものの、自分
     自身が何をめざしていいのかさえ分から
     ない日々をすごしていた。ギターを手にし
     ても楽しさとは無関係なギターの重さだけ
     が、手に感触として残るような状態であっ
     た。この時、中尾さんにとって音楽とは「音
     我苦」という事を悟ったと同時に、人を感
     動させる音楽とは何かを考える日々でも
     あった。そして、東京で見せつけられたプ
     ロのテクニックとの違い。悔しさと自分に
     対する不甲斐なさにいたたまれない思い
     でいっぱいだった。




 ■ギターをやめよう・・・
  「この指さえなければギターを
    弾かなくてすむんだ・・・」

     ギターを弾くことの苦しみが日増しに膨ら
     んでいく中で、彼は「こんなに苦しいのな
     らばいっそのことギターをやめよう。この
     指があるからやめきれないんだ」と思った
     瞬間に右手にナイフを握りしめていた。強
     く握りしめたナイフを左手の中指に突き刺
     し手のひらへとナイフで切り裂いたのだ。
     見る見るうちに真っ赤な鮮血が手のひら
     全体から肘をつたい、床へしたたり落ちて
     いった。途中で真っ赤な血に染まった左手
     の指が動くか確かめてみたが、まだ動か
     せる。動かないようにするには指の腱を切
     断しなければならないことに気づかず、こ
     れでもかと激しい痛みをこらえながらナイフ
     で切り口をえぐるのが限界だった。
     その時の傷は、今もなお中尾さんの左手
     に深く刻まれたままである。